<×game …・中・> 

         



モニターの中では、赤と緑のケロン人が持てる力の全てを出して、命がけの戦いを繰り広げていた。
『こんな形でギロロ伍長と戦わねばならぬとは残念であります!』
『全くだ』
 二人とも殺人ウィルスに冒されているとは思えないほど動きに乱れはなかった。
 上下左右の空間をフルに活用して、互いの命を本気で狙っていた。
『これでも食らうであります、ギロロ伍長!』
『させるか!』
 ケロロが小型ミサイルの雨を降らせれば、ギロロはことごとくそれを打ち落とした。砂塵と煙を引き裂いて、ケロロの電磁サーベルが斬りかかる。
『やったか?
 反応の遅れたギロロが真っ二つに切り裂かれた。しかしそれは煙とともに消えて、ケロロの直ぐ後ろから不敵な笑い声が聞こえた。
『甘いな、ケロロ。』
『何?』
 ケロロは考えるより先に脇へ飛び退いた。辛うじて直撃は間逃れたものの、脇腹を電磁サーベルの切っ先が掠めた。傷口から真っ赤な血が噴き出す。
『ぐあっ!』
『悪く思うなよ、ケロロ。』
 ギロロは間髪入れずに斬りかかった。ケロロは脇腹を押さえながら転がるように逃げ回った。
 やはり密林戦ではギロロにこそ分がある。
 首を狙ったギロロのサーベルを、ケロロは蹲るようにしてかわした。サーベルはケロロの代わりに、直径が二メートルはありそうな大木を切り倒した。
『ゲロ〜…マジでやばいであります。』
 ケロロは真新しい切り口を見て青ざめた。しかし硬直している暇はなかった。
『よそ見をしている場合ではないぞ。』
『ゲロッ、ちょっと待った!』
 ケロロは振り下ろされたサーベルをサーベルで受け止めた。青白い火花が二人の間で弾ける。
『くうっ〜、我が輩、ここで死ぬわけにはいかないのであります!』
『すまんな、ケロロ。俺もだ。』
 ケロロは渾身の力でギロロを押し返した。ギロロがよろめいた隙に、素早く立ち上がって森の奥へ走る。
 ギロロも直ぐに体勢を立て直してケロロを追いかけた。
 二人の戦いをモニターのこちら側で、まるで面白くもない映画を見るように見ているクルルの姿があった。
「チッ……」
 結果は思い通りになったというのに、その表情はどこか不機嫌そうだった。
「くだらねぇ。」
 そう言ってクルルはモニターを消してしまった。
 情けないことに、今のクルルを支配しているのは、どうしようもない疎外感と敗北感だった。己の愚かしさを心底呪う。まさか自分の中に、こんな低俗な感情が存在しているとは思わなかった。
「くだらねぇ…」
 クルルは再度呟いて唇を歪ませた。脳裏にケロロの言葉が思い出される。
『あははは〜…、それじゃ仕方がないでありますね。ワクチンは、ギロロに使うでありますよ。我が輩はこのままでいいのであります。』
『言っておくけど、ウィルスは本物だぜぇ。三時間後には、全身から血を吹き出して確実に死ぬぜ?』
 冗談だと思われるのは不本意だ。ケロロとギロロに投与したウィルスは、間違いなく自慢の一品だった。三時間後に死ぬのは嘘ではない。
 クルルの言葉に、ケロロはその場面を想像したのか緑色の顔を更に青ざめさせた。
 ぐっと拳を握りしめて、恐怖に耐えるよう小刻みに震えている。唇は何かを言いたそうにしていた。
 クルルは密かに笑みを深めた。
 そうだ。誰だって死ぬのは恐ろしい。ましてや苦しむことが分かっているのなら尚更だ。
 ケロロはその点では特に意地汚い。生きることへの執着は小隊の中で誰よりもあるだろう。自分が助かるためには何だってするに違いない。
 それこそ、土下座をしてでも何ででも。
 ところがクルルの予想は外れた。
『こんな時に、クルル曹長が嘘をつかないのは百も承知であります。きっとウィルスも本物なんでありましょうな。三時間で確実に死亡でありますか……。司令部は喜ぶでありましょうな。』
 ケロロは苦笑を浮かべて、誤魔化すように頭をかいていた。
『きっと、ギロロには怒られるでありますな。我が輩もクルル曹長も。だからこれは、事故だと言っておくであります。我が輩のうっかりミスで迷惑をかけたのだと。代わりに謝っておいてもらえるでありますか?』
 クルルはこの時ほど、ケロロに憎しみを感じたことはない。
 彼らは一方的な被害者だ。クルルの身勝手な計画に付き合わされ命を落としかけている。彼らにはクルルを非難し恨み言を言う権利がある。
 それなのにこの態度は何だ。
『そいつはつまり、あんたは死んでもいいってことかい?隊長さんよ…。』
『そうでありますよ。ギロロ伍長は、我がケロン軍に欠かすことの出来ない存在であります。それに、今までずっと我が輩を助けてきてくれたであります。たまには恩返しをしないとねぇ〜…。』  
 ケロロが駆け引きをしているようには見えなかった。
 本気で自らを犠牲にする覚悟でいるようだ。クルルは無意識に唇を噛み締めていた。
「ダセェ奴らだぜ…」
 クルルは何も映さない青白いだけのモニターに向かって吐き捨てるように呟いた。
 二人は僅かに躊躇うこともなく、相手の命を優先させた。しかもそれが当たり前だというような顔で。自分が助かることは願いもしなかった。
 クルルが望んでいたのはこんなことではない。
 二人がようやく戦う気になったのも、それぞれ命とは違うものがかけられてからだ。
 ケロロやギロロにとって、自分の命はそれほどまでに軽いのか。軽い命は誰にでも捧げるのか。
 クルルは暗い感情を募らせながら、もう一度モニターに二人の姿を映し出した。
 タイムリミットが近づいていた。そろそろウィルスの影響が出始める頃だ。
 爆音がスピーカーから溢れた。
『これで最後だ、ケロロ!』
『墜ちろー!』
 ギロロが上空から電磁サーベルをかざして斬りかかる。
 ケロロは左手を負傷しているのか、右腕だけでビームライフルを構えていた。
 二つの赤い閃光が空気を引き裂いた。
 モニターの中では映画の一シーンのようにゆっくりと映像が流れていた。
 ケロロの腕からビームライフルが転がった。その身体をギロロのサーベルが貫いている。
『済まん、ケロロ…。』
『伍長は…やっぱり……強いでありま…すな……。』
 ケロロの身体が力なく崩れ落ちた。同時にモニターに示された生体反応も消滅していた。ケロロの死亡が確認された。
『ケロロ…。』
 ギロロはふらふらと後ずさった。最後の一撃で負傷したのだろう。右頬は大きく引き裂かれていた。
 ギロロはサーベルを投げ捨て、ワクチンを隠してある大木へ近づいた。
 洞の中にケロロの血で赤く染まった右手を突っ込み、ワクチンのアンプルを掴みだした。
 しかしギロロはそれを手にしたまま動こうとしなかった。タイムリミットは近づいている。怪我による出血と相まって既に意識は朦朧としているはずだ。筋肉や血管が引き裂かれる激痛に襲われていることだろう。
「どうした、おっさん。早く打てよ。」
 クルルは眼鏡の分厚いレンズ越しに、感情のこもらない冷たい目でモニターを見ていた。
 大事な親友よりも、告白すら出来ない女を選んで手に入れた命だ。これからは精々藻掻き苦しんでもらわなければ面白くない。
「ほら、あと十分だぜ。苦しいだろう…。」
 モニターのギロロはそれでも動こうとしなかった。時間が分からないはずがない。
「手間のかかる、オッサンだぜぇ。」
 焦れたクルルが立ち上がろうとしたときだ。モニターから不意に自分の名前が聞こえた。
『クルル…』
 訝しんで振り返ると、ギロロがカメラ越しにはっきりとこちらを睨んでいるのが分かった。
『そこに、いるのだろう、クルル?』
 クルルは絶句する。ギロロは笑っていたのだ。冷ややかに、冷徹に。嘲るかのように。今まで、クルルが見たことのない顔だ。
『残念だが、お前の思い通りにはならん。つまらん世界で一生暇を持て余しているがいい。』
「何っ?
 ギロロは腕を振り上げたかと思うと、ワクチンの入ったアンプルを地面に叩き付けた。アンプルは粉々に砕けて、中の液体はあっという間に消えてなくなった。
「オッサン!」
 ギロロが地面に倒れ込む。クルルは急いでバトルフィールドに移動した。
「勝手に死んでもらっちゃ困るんだよ。あんたは俺の大事な実験体なんだ。」
 クルルは軋むほどに奥歯を噛み締めた。
 歴戦の勇士がこんなつまらないことで死んでもらったのでは困る。この男には生きていてこそ価値があるのだ。
 しかもその生死を勝手に決めることは、クルルが許さなかった。
「あんたは俺がいいって言うまで死ねないんだぜぇ。」
 クルルは素早くギロロに駆け寄った。今ならまだ間に合うはずだ。ワクチンが一人分しかないなど嘘に決まっている。切り札はいつでも余計に用意しておくものだ。
「オッサン、こんな所でくたばんなよ。」
 足下に転がったギロロはぴくりとも動かなかった。絶命するにはまだ早い。生命反応も辛うじて残っている。ワクチンを投与すれば絶対に助かる。
 クルルは自分でも気がつかないうちに狼狽えていた。
 いつだって素直に言うことを聞いてくれない男だが、まさかこんな手段にでるとは思ってもいなかった。
 初めからここで二人を死なせるつもりなどないのだ。ぎゃぁぎゃぁと喚いて、散々嫌な奴だと罵られた後、恩着せがましく助けてやるつもりだった。
 二人がともに助かる方法は他にいくらでもあったのに、馬鹿正直にもクルルが示した条件を飲んだのだ。その挙げ句にこうやって死にかけている。
 本当に冗談ではない。
 クルルはギロロの傍らに膝をついた。治療をしようと腕を伸ばしたとき、何者かに足首を掴まれた。
「何?
 声を上げたときには遅く、クルルはギロロによって引きずり倒され地面に押さえつけられていた。
「ぐっ…!」
「お前にしては、不用心だったな?」
 ギロロは苦しそうに肩で息をしているものの、クルルの首を締め上げる腕の力は少しも衰えていなかった。
 ゴツリと鈍い音を立てて、銃口がこめかみに突きつけられた。
「…相変わらず、タフだね。オッサン…。」
 クルルは冷や汗を浮かべて頬を引きつらせた。しかし心のどこかでホッとしている自分には目を瞑った。
「お前らとは、鍛え方が違うからな。」
 そうは言っても大分苦しそうだった。ウィルスが本格的に暴れ出すのも時間の問題だ。
「でも、大分苦しそうっすね。どうすんですか、折角のワクチン、台無しにしちまって?」
 クルルは精一杯の皮肉を込めて、くつくつと喉を鳴らした。だが、内心では落ち着いてなどいられなかった。耳元では刻一刻と時を刻む時計の音が聞こえていた。それなのに素直になることが出来ない。
 ギロロはニヤリと口元を歪ませた。
「貴様のことだ。予備があるのだろう?出せ。」
 脅迫するように、銃口が強く押しつけられる。ギロロは撃つと言ったときには、必ず撃つ男だ。
「嫌だって言ったら?」
 ギロロの銃口よりも物騒な、きつい眼差しに睨み付けられて、クルルは震え上がるような思いだった。
 それでも平気を装って憎まれ口を叩く。
「貴様だけ、ここで死ぬんだな。」
「いいのかい。あのワクチンは、俺にしか作れないんだぜぇ?」
 ウィルスのデータもワクチンのレシピも全部、クルルの頭の中に存在している。それに今から開発したのでは間に合わない。
 ところがギロロは少しも慌てなかった。
「安心しろ。いくら本部の連中が馬鹿でも、複製ぐらいは作れるだろう。俺はそいつが出来るまで、コールドスリープで待っていればいい。」
 そう言ってギロロが取り出したのは、捨てたはずのアンプルだった。
「羽目やがったな…。」
「お互い様だ。…で、どうする?」
 この状況を覆す手段は他にも色々とある。しかしギロロにも駆け引きの材料は残っているのだろう。それこそ今言った方法を実行すればいいだけだ。
 つまり、これまでは遊び。これ以上は本気。
 今度はクルルが選ぶ番だった。
「ク〜クック…しょうがねぇ。今回は俺の負けだぜぇ。」
 クルルが自分の敗北を素直に認めることなど普段ならあり得ないことだ。事実、ギロロなどは訝しげな顔をしていた。
 それでもクルルにとっては、不思議と悪い気分ではなかった。
 クルルがワクチンを取り出すと、ギロロは後ろを振り返った。
「おい、ケロロ!」
 ギロロの声に反応して、緑色の固まりがもぞもぞと動き出した。ギロロに倒されたはずのケロロだ。
 クルルは嵌められたと気がついたときからそうではないかと思っていたが、ケロロはやはり死んでなどいなかったようだ。どんな間違いがあっても、ギロロがケロロを死なせるわけがない。自分も生体反応も上手く誤魔化されたものだ。さすがに、くせ者、と言われるだけのことはある。
「ギロロ〜…ちょっとは手加減をしてよねぇ。マジで、死ぬかと思ったじゃない。」
 脇腹の傷は本物らしく、ケロロは痛みに顔をしかめていた。しかし、よく見れば薄皮を一枚切ったぐらいのかすり傷と代わりがなかった。
 むしろギロロの顔面の傷の方が深そうだ。
「日頃の訓練を怠けているからだ。ケロンの軍人ならかわせて当然だぞ。」
「ええ〜…。おたくと一緒にしないで欲しいでありますなぁ。」
 自業自得だと言うようなギロロに、ケロロは不服そうに不平を漏らした。
 ケロロの言う通り、宇宙でも高い身体能力を持つ種族のケロン人でも、ギロロのような超人的体力と能力の持ち主はまれだ。
 ギロロの基準で考えたら、ケロロでさえ地球人とさしてかわりがなくなってしまう。
 ウィルスの影響でふらふらした足取りのケロロに、ギロロはアンプルを投げてよこした。
「ワクチンだ。早く打て。」
 アンプルはそのまま注射器としても使用できるようになっていた。ケロロはアンプルを左手の手首に押し当てた。注射と言っても針ではなく、圧縮空気で皮膚に浸透させるものだ。痛みなど蚊に刺された程度しか感じないはずなのに、ケロロはまるで注射を嫌がる地球人の子供のように大げさに顔を引きつらせていた。
「ギロロも早く打つでありますよ。クルルのウィルスはマジでキクでありますからな。」
「ああ、そうだな…。」
 しかし、ギロロは使おうとしなかった。ケロロの様子をそれとなくじっと観察している。ワクチンの真贋を確かめるためではなく、もし一本で効果がなかった場合の保険のためだ。
 兵器として使われるウィルスが、必ずしも制作者の思惑通りに行かないことを知っているからだ。
「我が輩は大丈夫でありますよ。」
 ケロロもそれを知っているから、あえてギロロの行動を咎めようとはしない。ギロロがケロロのために命を盾にするのは、彼の自己存在理由のようなものだ。否定することはギロロを侮辱することになる。だからケロロは何も言わない。
 ただ無事を知らせるだけだ。実際、ワクチンを投与してから、嘘のように身体が軽くなったような気がした。
 相変わらず、クルルが作るバイオウェポンは効果的で即効性に富んでいる。本部が重宝がるのも分かるような気がした。
「ギロロ、早く打つであります。」
 さすがにこれ以上は危険だと判断して、ケロロはギロロを促した。今だギロロに組み敷かれたままのクルルも、無表情に顔色を青ざめさせていた。効果のほどは、制作者であるクルルが一番知っている。
「早くしろよ、オッサン。マジやばいぜ。」
「ああ、分かってる。」
 ギロロはしつこいとばかりに苦笑いを浮かべて、ようやくアンプルを自らの腕に刺した。ウィルスの影響なのか、その手は小刻みに震えていた。
 本当ならのたうち回って苦しんでいてもおかしくはない。その精神力には感服するばかりだ。
 ワクチンさえ投与してしまえば、後は化け物並みの快復力で復帰するだろう。
 ギロロはワクチンの効果を確かめるように目を閉じてじっとしていた。
 クルルもその様子を組み敷かれた状態で観察する。顔色が元のように回復するのが分かった。
「どうやら効いたみたいだな。」
「当然だぜぇ。俺のライブラリに『失敗』なんてダセェ言葉はねぇよ。ク〜ックック…。」
 クルルの陰気な笑いも復活していた。
 これでいつも通りになったはずだった。
 ところが、ギロロはギロリとクルルを睨んで、大型銃の銃口をこめかみに突きつけた。
「まだ、終わりではないぞ。言ったはずだ。首を洗って待っていろと。」
「くっ…。」
 クルルの頬がぴくりと震えた。
 どうやら今回ばかりは、度が過ぎたようだ。ギロロの堪忍袋の緒が切れたらしい。彼の逆鱗に二つも触れたのだから仕方のないことだ。
「理由を聞かせてもらおうか。場合によっては、貴様を更迭する。」
 銃口を鼻先に突きつけられて、クルルは困惑した。
 正直な理由など告げられるはずがない。それはプライドに関わることだ。口を割るぐらいなら、このまま撃ち殺された方が余程ましだ。
 クルルは言いくるめる方法を必死に考えた。
「あ〜…、それは多分、ギロロが原因だと思うでありますよ?」
「何?」
「…!」
 クルルが色々な計算をしている間に、ケロロが訳知り顔で勝手なことを言い始めた。
 クルルは黙れ、と目で訴えるが、ケロロなりの仕返しのつもりなのか、ニヤリと意地の悪い笑いを返すだけだった。
「どういう意味だ、ケロロ。」
「ああ〜、だから、クルルはギロロに構って欲しかったのでありますよ。ギロロはこのところ夏美殿にかかり切りで、クルルのこと放っておいたでしょう?」
 ギロロにはケロロの言葉に思い当たる節があった。夏美が大きな試合の助っ人を頼まれて、その練習にずっと付き合っていたのだ。
 目の端にクルルの姿を捕らえては居たものの、いつもパソコンに向かっている後ろ姿だった。特に何かを要求するこわけでなく、むしろ無視を決め込んでいたのはクルルの方だ。
 そもそも他人と連むことを嫌うこの男が、構って欲しかった、などという子供じみた理由で、こんな馬鹿なことをするとはにわかに信じられなかった。
 しかし、平素はぼんくらを装っているケロロだが、ことこの手に関しては誰よりも聡いところがある。その言葉は信じられるだろう。
「…そうなのか?」
 ギロロは呆れたような顔で、クルルを振り返った。
 クルルは小さく舌を鳴らしてそっぽを向いた。どうやらケロロは図星をついたようだ。
 ギロロは珍しいものを見たような気がした。
「あと、我が輩も少し関係あるかな?」
「何故だ?」
 ギロロはケロロの呟きを聞き逃さなかった。
 ケロロは苦笑を浮かべて誤魔化した。
「それは内緒であります。」
 ギロロは訝しげに眉をしかめるが、ケロロは決して答えなかった。せめてもの情けと、ギロロの気持ちをおもんばかってのことだ。
 ギロロは自分に向けられる感情にはとことん疎い。これまで他人には決して心を開くことのなかったクルルが、ギロロだけはある程度まで領域に踏み込むことを許している。クルルにとってギロロが特別な存在なのは、おそらくギロロ以外は誰もが気がついている。そのクルルがケロロとの関係を嫉妬していると知ったら、ギロロはどうするだろうか。ギロロのケロロに対する忠誠心は変えようがない。だが、そんなクルルを切り捨てることが出来ないのもギロロだ。 
 ある意味、誰よりも残酷な男なのかもしれない。
 ケロロは深いため息を吐くと、慰めるようにギロロの肩を叩いた。
「クルルも、たまには素直になった方がいいでありますよ。この鈍ちんには、ちゃんと口に出して言わないと伝わらないであります。」
 ケロロの助言に、クルルは大きなお世話だとでも言うように、眉をしかめて更にそっぽを向いてしまった。
 やはり、いつかこの男は始末するべきだ、とクルルは思った。
「それじゃ、そういうことで。我が輩は先に失礼するでありますよ。Ζガンダム映画化記念!今日こそは、クアトロ大尉の金色に輝く『百式』を完成させるであります!」
 ケロロは死にかけたことなどケロッと忘れた様子で、見事な敬礼を決めると、ギロロに叱られる前に急げとばかりに駆けだしていった。
「もしかして、奴の人質はガ・・・(自粛)」
 ギロロは虚しくなるのでそれ以上の追求は止めた。クルルを解放して銃を納めた。それと同時に、周りの景色も変わった。地下基地の見慣れた演習場だ。
「それで、本当のところはどうなんだ?」
 ギロロは改めてクルルを振り返った。床に座り込んだクルルは、俯いてふて腐れたように目を合わせようとはしない。
 やはりケロロが言う、構って欲しかっただけ、というのは本当のようだ。
 ギロロはどっと疲れを感じて肩を落とした。頭が痛いとでも言うように、ため息と一緒に額を押さえた。
 普段、傍若無人で唯我独尊。こちらの都合など考えもせず、構いたいときには一方的に構ってくるくせに、妙なときには子供っぽいところを見せたりする。つくづく扱いに困る奴だった。
 しかし、思うほど不快に感じていないのは、やはり少なからずこの男の存在を自分の中で認めているからだろう。
 無茶な実験も危険なお遊びも、この男だから許せるのかもしれない。
 日頃、大人ぶっているだけに、こんな時には年相応に可愛く見えたりするものだ。
 自分も随分と丸くなったものだと、ギロロは自嘲気味な笑みを漏らした。
「オッサン…?」
 クルルは、ギロロの滅多に見ることのない穏やかな微笑に、かえって薄ら寒いものを覚えたのだった。嫌な予感を感じた。
 クルルは隙をついて逃げ出そうとした。しかし遅かった。
「待て。まだ用事は済んでいない。」
 首根っこを掴まれて、猫のように易々と引き寄せられてしまう。
「今回ばかりは、少しお遊びの度が過ぎたな。」
 目の前でギロロの顔がニヤリと歪んだ。
 クルルは頬を引きつらせる。
「…悪かったよ。もう、あの女は巻き込まねぇよ。」
「当たり前だ。もう一度やってみろ。その時は生まれてきたことを後悔させてやる。」
 地球に来てからのギロロを、牙を抜かれた獣だと本部の誰かが言っていた。そいつらは、本当のこの男の正体を知らないに違いない。巧妙に狡猾に、冷酷な一面を激情の奥底に隠している。絶対に敵に回したくない男だ。
 クルルはいつもの嫌味な笑いを浮かべる余裕すらなかった。
「ほら、謝ったんだ。もういいだろう。離せよ。」
 クルルは藻掻いたが、当然ギロロの腕はびくともしなかった。元々、腕力体力ともに、ギロロとクルルとでは大人と子供ほどの違いがあるのだ。だからこそ、毎回拘束具や薬物を駆使ししなければならない。
「いや、駄目だ。」
 ギロロの冷ややかな笑みを浮かべた顔が更に近づいた。
「俺に、構って欲しかったんだろう?」
「や、もういいし…。」
 クルルはダラダラと冷や汗を流した。恐怖を感じて無意識に身体が震えていた。
「遠慮するな。折角だ。とことん構ってやるぞ?」
「けっ…結構です。」
 クルルはらしくもなく声が裏返っていた。口調もおかしくなっていた。
「ギロロ…先輩?」
 ギロロの顔がもっと近づいた。
「お前にはお仕置きが必要だな?」
 キャラクターが違っていると叫んでみても、ギロロが止まることはなかった。
 クルルは自分がどれだけ危険な男を相手にしているのか、この時嫌と言うほど思い知らされた。
「ク〜ックック………」


          
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